原初へ還る

Book title: 

Tao

Book size: 

UNIVERSE

Pages: 

1998

Binding: 

J

原初へ還る

遠くまで歩いてきたと思っていた。

道を求め、
理を知り、
術を修め、
幾重もの門をくぐってきた。

得るたびに、
道の奥へ進んでいると思っていた。

けれど、あるとき、
歩みの尽きるところで知る。

求めていたものは、
道の彼方にあるのではなかった。

始まりよりも前。
天地いまだ分かれず、
名も形も生じぬところ。

一さえ、まだ一とならぬところに、
それはすでに在った。

名づければ、すでに遠ざかる。
掴めば、すでに形となる。

有でもなく、
無でもない。

空と呼べば空となり、
無と呼べば無となる。

ゆえに、
ただ「何もない」としか言えない。

そこには、
我と世界を分かつ境もなく、
生きる理由も、
生きる者という名さえない。

ただ、生命以前の生命がある。

老子は、

「無名、天地之始」
――名なきものは、天地の始め。

と記した。

けれど、その「始め」は、
遥かな過去に置かれた一点ではない。

生まれる以前にも、
今この瞬間にも、
万物の奥底に絶えず在る。

道は遠くにあるのではない。

遠くへ求めるほど、
名が生まれ、
形が生まれ、
我が生まれる。

知を積み、
術を得て、
何者かになろうとするほど、
原初は幾重にも覆われてゆく。

だから還る。

しかし、還るとは
来た道を逆に辿ることではない。

知ったものを知らなかったことにするのでも、
得たものを捨て去ることでもない。

知を通り抜け、
形を通り抜け、
我を通り抜け、

ついには、
「還ろう」とする者さえ通り抜ける。

すると、

ずっと先にあると思っていたものが、
一歩も離れたことのない場所に現れる。

いや、

現れたのでもない。

初めから、そこに在った。

老子のいう「復帰於樸」。

削られる以前の樸。
名づけられる以前のもの。
天地が天地となる以前の静けさ。

そこへ還る。

すべてを失って無になるのではない。

万物が生まれ出る以前の、
まだ何ものにもなっていないところへ還る。

道は一を生じ、
一は二を生じ、
二は三を生じ、
三は万物を生ず。

ならば、
万物を遡ったその奥には何があるのか。

一の前。
始まりの前。

そこには、
「私」という名すらない。

原初へ還る。

そして不思議なことに、
すべての始まり以前へ還ったところから、

また、万物が生まれる。

還ることと、
始まることは、
もともと二つではない。

終わりなき道の中で、
還るたび、

天地はまた、
新しくひらいてゆく。